固体と固体の間に働く横方向の力は、毎日の生活の中で重要な役割を果たしています。たとえば、タイヤが道の上でグリップをきかせる力、ドアがきしむ力、黒板にチョークがこすられる力などです。この界面に横方向に働く力によって、結晶格子の原子間力や完全性を評価することができます。特に、原子の並びを周期的に横方向に振動させると、せん断波を生成することができます。せん断波の変位は、伝播方向に垂直です。
せん断波
せん断波を検出することは、音で物を見ることを意味します。その音波の波長程度の小さな長さ範囲において、せん断力に対する固体の弾性的な応答を検出します。現在の様々な装置の小型化の傾向にともない、今までよりも小さな領域の固体の力学的特性を明らかにすることが必要になってきました。そのためにも、音波の波長を短くし、その周波数を高くすることは大変重要です。
固体における高周波数のせん断波の測定は,これまで多くの場合、単一周波数の音波を使うことにより行われてきました。これに対して、わたしたちは光学的方法によって、パルス形のピコ秒(10-12 s)せん断波の生成と検出を行いました。ナノメートル以下の波長の音波を用いて、横方向の力を実時間で検出する可能性への幕開けです。(O. Matsuda et al. Phys. Rev. Lett. 93, 095501-1-4 (2004)をご覧ください。)
わたしたちはピコ秒超音波法として知られている、ピコ秒時間スケールでのエコー検出のソナー技術を応用しました。これは、超短光パルスが固体表面で音響パルスを生成・検出するものです。この分野では対称性の問題がポイントで、等方性物質や対称的にカットされた結晶では、伝播方向に振動するピコ秒音響パルス(縦波)しか生成することが できません。
しかし、非対称にカットされた単結晶により、ピコ秒せん断波の生成と検出が可能です。原理は以下の挿絵に示されています。青く塗られた部分は不透明の金属結晶で、黄色に塗られた部分は透明なガラス薄膜です。パルス光が試料に吸収され、力が発生することにより(赤く塗られた部分)、傾いた原子間結合(図中のバネ)は、境界面に平行な変位のせん断波を生成します。
金属への光吸収により、ガラス薄膜中に音響せん断ひずみが発生します。縦波音響ひずみパルスも生成されますが、この図には描かれていません。赤い部分は超短光パルスによりあたためられた部分です。
これまでの研究で、一般に手に入れることのできる亜鉛(金属)とガリウムヒ素(半導体)が、室温でピコ秒せん断波をつくるのに有効なことが示されています。固体中のせん断波、縦波の音響パルスを両方検出することにより、1 THz(1秒に1012 回)以上の高周波数、ナノメートルまたはそれ以下の波長の、横・縦方向の応答を検出できるようになるため、弾性特性のさらに細かいスケールの姿をみることができます。
この新しく発見されたピコ秒せん断音響パルスを検出する技術により、物質のナノスケールにおけるせん断力の伝わり方の研究、さらにはナノスケールの技術の発展、ナノ結晶性物質の評価、まったく未踏の超短時間スケールの摩擦学への道が拓かれるでしょう。