次の現象に共通するものは何でしょうか。静かな池に蛙が飛込んで円形の波紋が水面に広がること。こうもりが高い音でキーキー鳴き、それによって飛んでいる虫の位置を探ること。きつつきがくちばしで木をトントンたたいて虫を見つけること。私たちの研究室で現在進められている3つの実験にも関係しています。
水面に起こる漣(さざなみ)はロマンチックなものです。例えば、静かな水面に蛙が飛込んだときの円形の波紋はなんとなく愉快な気分にさせてくれます。そして、今、恋人たちが見つめる新しい種類の漣が表れました。結晶の表面を広がる波紋です。
レイリー卿はガラスのような非晶質固体の表面に広がる波紋は円形であることを1885年に予言しました。しかし、結晶においては音速はその伝わる方向によって異なります。そのため、その波紋はより複雑な形となります。
私達のグループは、美しい波紋を見ることを結晶表面に対して行いました。池に飛込む蛙を高周波数の音の波を発生させるレーザーパルスに、水面を結晶表面に置き換えました。さらに波紋を見つめる人の目の代わりに、別のレーザーパルスを使って観察しました。このようにして、私達は結晶表面の顕微鏡スケールの波紋の動画撮影に成功しました。
木の年輪が年を刻むように、波紋には、通過点の物質の記憶を反映して、結晶上や構造上ではある方向に集束します。そして波紋を読むことによって物質の弾性的な性質を明らかにすることができます。
天然の結晶や人工的な「フォノニック結晶」表面の波紋を見ることによって、私たちは実験フォノン「光学」を発展させていきます。それはやがて、今日隆盛を極める光による光学と同じくらい身近なものになることでしょう。結晶表面に関して言えば、この研究は初めて私達に耳目を与えてくれたと言えるでしょう。
(結晶の波紋を見る、ウィスパリングギャラリー波(ささやきの回廊波)を見る、正方格子フォノニック結晶の波紋を見る、フォノニック結晶の波紋を見る、2つの結晶間の波紋のページもご覧ください。)
音は動物が生存するのに常に必要なものです。人間の耳は約20 kHz(1秒間に20,000回の振動)の周波数の音まで聞きとることができます。これよりも周波数の高い音は超音波と呼ばれています。
こうもりの声域と耳は200 kHzの音まで対応しています。こうもりは自ら音を出して餌となる昆虫や木などから反射された音を聞くことにより、周囲の状況を探っています。人間は、医学で用いられる超音波断層写真や潜水艦を探知するのに用いられるソナーシステムと同じように、人工的につくった音波発生器と受信器を使ってこうもりを真似ることができます。
同じ原理を私たちの研究に応用しました。しかも、こうもりが恥ずかしくなるくらいのはるかに高い音、すなわち1テラヘルツ(1兆Hz)以上の周波数の音を出して、それを検知しています。
音を使って識別できる物質中の物の細かさは、使用する音の波長、すなわち隣り合った波の頂きの間隔によって決まります。音の周波数が高くなると、その波長は短くなります。こうもりの場合、波長は2 mmという小ささで、これは、こうもりが昆虫の居場所を知るのには十分であります。一方、人間の耳は良くても音源の場所を数cmぐらいの精度でしか認識できません。
ところが、非常に短いレーザーパルス(1 psすなわち1兆分の1秒以下の光パルス時間幅)を使えば、テラヘルツ超音波パルス(波長が数nmしかない音波、1 nm=10億分の1メートル)を発生、検出することができます。
小型のソナーシステムのように、この「ウルトラこうもり」の技術を利用して、原子の大きさのひび割れや超薄膜を通り抜けてくる音を聞くことができます。発生した音波が検出されるまでわずか数十psしかかからないので、これらはピコ秒超音波法という分野にあたります。
私たちは、この方法で人工的に作ったナノメートル構造を見ることもできます。光パルスでがたがたゆすってやると、この構造は形状と弾性的な性質によって決定される特定の周波数で振動します。例えば、それぞれの層の厚さが原子の大きさ程度まで薄い半導体のサンドイッチ構造の内部における固有の振動を検出することもできます。
ロンドンでリトルベン(ビクトリア駅前の時計塔)が鳴っているように、私たちの研究室では金ナノリングによって作られたナノベルが、とても高い音でとても小さい王国の素晴らしさを告げるために鳴っています。
(超短光パルスレーザーによるピコ秒パルスの生成と検出、ピコ秒せん断波、水銀中のピコ秒超音波法、氷中のピコ秒超音波 、金ナノリングの振動 の説明もご覧ください。)
きつつきはくちばしで木を叩き、木の皮の弾性的な性質の違いを感じながら虫をさがします。私達もナノメートルの大きさの小さなくちばしを使って、きつつきの真似をしています。
片側を支えた棒(カンチレバー)の先に顕微鏡でしか見えない小さな針をとりつけ、その針を超音波でゆさぶり、試料を叩きます。そして、振動振幅がどう変わるかをしらべます。この方法は超音波力顕微鏡と呼ばれ、表面やナノ構造の弾性的な性質の分布を調べることができます。
私たちの「ナノきつつき」で針を100メガヘルツ(1秒間に1億回)の周波数で振動させ、ナノメートルの大きさの基板上の量子ドットや超格子の内部構造を調べています。この周波数では超音波の波長は比較的長く0.1 mmにもなるのですが、針先の大きさがそれよりずっと小さいので空間的な分解能は1 nmにも達します。
私達はナノメーター領域のさらに高周波数の弾性的な性質を調べるために、「ナノきつつき」のつつく速さをどんどん速くしていきたいと考えています。
私達はまた、変調された光を固体表面にメガヘルツの周波数で照射して、固体中にメガヘルツ周波数で温度の上昇・下降を引き起こす作業にも、このきつつきに参加して貰おうとしています。この温度の上昇・下降を使って、私達は「光ヘテロダイン力顕微鏡」と呼ばれる試料の表面下の構造を局所的に調べることに成功しています。
(超音波力顕微鏡の説明もご覧ください。)